一般の方に言われました。
「バイオマスが盛り上がってきてるんだからどんどん木がチップで売れていいね。」
それに私は返しました。
「確かにチップ材は以前より大量に必要になりました。しかし、山にはチップにするのにはもったいないような品質のものや、先代から手間暇かけて育てたものがあります。それらを簡単にチップに回すのは木こりとして心が痛むんです。」
そういうと
「それは時代に合わせて価値観を変えていかないと。」
と返されました。
一理あります。
ただ
机上では材積でしか現れない木々には植えた人、育てた人の思いが詰まっています。
その思いとは。建材として高く売るということ。
加えて木というものは根元から梢までで多様な使い方ができる資源でもあります。
どんな木にもチップにまわせる部分はあるわけです。
なにも太くきれいな所までチップにはしたくありません。
どうにか建材として送り届けてやりたい。
その一心で働かないと技術の伝承、思いの伝承がされないでしょう。
言われたことを例えるならば、丹誠込めて作られた高級車をどんどん鉄くずとして出荷していく時代だと言われているようなものです。
もったいないですよね?
木は燃料でもあり、建築用材でもあり、立っているだけで憩いの象徴にもなり得ます。夢の資源です。
…
数字で見れば日本にこれだけのスギヒノキがある、だからどんどん利用していこう。
…。
材積という数字の向こうには様々な品質、思い、役割があることを林業を少しでも興味持っていただけた方には知ってもらいたいです。
深夜に書いているもんで、なんか堅苦しすぎになりました(笑)
もっと砕けたやつ投稿します!